インタビュー
【前編】栞日菊地さん 松本にとっての新しいサードプレイス
『取扱店舗インタビュー』として、独立系出版物を扱い、街の人と旅行者に愛される書店喫茶 栞日/1組限定の暮すように泊まる宿 栞日INN/街と森を結ぶ銭湯 菊の湯のオーナーかつ、市議会議員としてもご活躍中の菊地徹さんにお話をお伺いしました。
5月に長野県松本市にある栞日さんで、新調した移動販売車 グットラックでの物販イベントと、藤原印刷さんも交えてトークイベントを実施させていただきました。
今回の記事は『取扱店舗インタビュー』として、独立系出版物を扱い、街の人と旅行者に愛される書店喫茶 栞日/1組限定の暮すように泊まる宿 栞日INN/街と森を結ぶ銭湯 菊の湯のオーナーかつ、市議会議員としてもご活躍中の菊地徹さんにお話をお伺いしました。
【前編】では、栞日誕生の原点となるご経験、リトルプレスを扱う書店喫茶というニッチな業界を選んだ経緯、栞日が目指す松本での役割などについてお伺いします。
▼栞日 sioribi
栞日は長野県松本市にある本屋で、心地よい暮らしのヒントを集めたお店です。『栞の日。それは、流れ続ける毎日に、そっと栞を差す日のこと。あってもなくても構わないけれど、あったら嬉しい日々の句読点。』というのが名前の由来です。
▼グットラックツアーの詳細
聞き手:にしうら
栞日が醸し出すあたたかな雰囲気の理由って?
プロフィール 1986年静岡生まれ。旅館、ベーカリー勤務を経て、2013年松本市街で独立系出版物を扱う書店兼喫茶〈栞日〉を開業。2016年現店舗に移転し、旧店舗で中長期滞在型の宿〈栞日INN〉を開設。2020年本店向かいの銭湯〈菊の湯〉を運営継承。同年法人化、代表取締役就任。2023年松本市議会議員選挙で初当選。 |
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今回は2日間にわたり、栞日・菊の湯でイベントを開催させていただき、ありがとうございました。
インタビューの前に、「栞日10年目」というタイトルのnoteを拝見しました。
「暮らしたい街にサードプレイスを開いて暮らす」というコンセプトを具現化したお店が「栞日」だと書かれていて、印象に残っています。
実際に2日間ここ(栞日)にいると、気負わずにどこか安心感のある空間だと感じました。こうした雰囲気を創り出すために何か工夫されていることはありますか?
菊地
ありがとうございます。
店の雰囲気づくりに関しては、本当に難しくて。
チェーン店ならオペレーションやブランドイメージが一律で通用するけど、個人店の場合は「栞日はこういうブランドだから」とやっても、オーナーである僕の人柄が出てしまうんですよね。
そうした中でこの10年間で「栞日」というお店の人格と、僕自身の人格が出る部分を行ったり来たりしながら、結果的に今の栞日の雰囲気が形作られてきた感じです。
菊地
読んでいただいたnoteの中でもスターバックスの話題に触れていたと思うんですけど、自分の生業というか、人生の仕事として「暮らしたい街に自分なりのサードプレイス※をつくって街に対して開く」って決めたときの起点になっているんですよ。
いまだに、スターバックスのカルチャーっていうのは僕の中の原点としてあってすごく好きな場所です。
自宅(ファーストプレイス)でも職場や学校(セカンドプレイス)でもない、第3のリラックスできる場所のこと。
一方で、お客さんとしてスターバックスに行くと、「今はこのフレンドリーさは強すぎるな」「今はただコーヒーを出してくれればいい」などと感じることがあります。でも、自分が働いていたときはそれが一番いいサービスだと思ってやっていました。
栞日でそれをやりすぎると合わないこともわかっているので、スタッフそれぞれの経験と、栞日というお店に対して感じ取っている何かを反映させながらサービスをしています。「栞日のサービスとは」ということは、実はこれまであまり話してきていないんですよ。
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皆さんが良いと思ったサービスや、各々が栞日に対して感じていることを体現してくださっているから、この安心感があったんですね。
他にも原点となるような場所があったのでしょうか?
菊地
自分なりのスターバックスをやろうと思ったときに、学生時代に出会った、いくつか目標にしたいお店があったんです。
茨城県結城市のカフェ・ラ・ファミーユさんの雰囲気や、フランス系、カントリー調、アンティーク調のお店。栃木県内の那須塩原市の1988 CAFE SHOZO(カフェ ショウゾウ)さん、益子のstarnetさんってお店とか。個人が始めたお店が、チームになって、会社みたいな形になって運営されてるカフェに憧れていました。
今回イベントのための選書ではd&departmentさんも並べていますが、学生時代に出会ったロングライフデザインのコンセプトに強く惹かれました。ブランドの強いコンセプトと一貫したメッセージに感銘を受けて、このブランディングの方向性はありだと思いました。
僕の中では、個人経営の温かなカフェ、スターバックスのフィロソフィーの強さ、そしてd&departmentさんのようなセレクトしたものの中での物語などが、学生時代にワーッてインプットされていました。
それをアウトプットした結果が栞日で、10年間のチューニングを経て、その間に幸い家族にも恵まれて、だから本当に10年経って、当初イメージしていたスケールでみんなでお店がやれています。
リトルプレスが教えてくれたリアルな情報
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本についても少しお伺いしたいんですが、トークイベントでは「好きな本を読むところがないから、自分でつくっちゃった」っていう話もありましたが、独立系出版物を中心に扱うセレクトショップが松本にフィットするだろう、という風に感じたきっかけとかってあったりしたんですか?
菊地
独立出版物に出会ったのも学生時代なんです。
学生時代にスターバックスで働いて、自分なりのスターバックスを作りたいと思うようになってから、自分なりのスターバックスのサンプルになりそうなお店を巡り始めたんです。
当時の2005年頃はSNSがまだ発達していなくて、TwitterやFacebookが一部で使われ始めたくらいの時期で、あとはアメブロとかミクシィが主流だった時代で。
だから、カフェ巡りとかしようとしても、情報源が普通に紙の雑誌だったんですよね。
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なるほど。
菊地
例えば、オズマガジンなどの関東圏のカフェ情報が載っている女性雑誌なんかを読んで、気になったカフェがあったら行ってみたりして。現地のカフェには、その街の紹介が載った小さな冊子が売られていたりして、それがリトルプレスとの出逢いでした。
当時、業界では「リトルプレス」という言い方をしてたんですけど、これは和製英語で海外の人には通じないんですよね。今でいうZINEだったり、少し前の時代だったらミニコミ誌、同人誌っていうやつ。
リトルプレスに載っている情報は、大手の情報誌には載っていないことが多くて、現地の情報として信頼性が高いっていうか、生っぽいなと思って、その情報をもとに訪れたカフェが、情報誌に載っているカフェよりも良かったりしたんです。
菊地
そこからは、行く先々でそういうメディアと出会ったら、こっちの方がほんとのこと書いてあるんじゃないかな!みたいなことを思いながら、リトルプレスの情報を頼りに街を歩いていくみたいなことをするようになっていきました。
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より近い感じがして、信頼感がありますもんね。
菊地
そうそう。
それから、扉温泉明神館さんっていう旅館が僕を拾ってくれて松本に来ました。
「サードプレイスを街に作ろう」というとき、まず住みたい街を探そうと思って、住みたい街が見つかったら、その街に合ったサードプレイスを作ろうと考えていて、コーヒーのお店だけをやるのか、何かを組み合わせたお店をやるのかは、街が決まってから決めようと思ってたんですよね。
で、住んでいるうちに松本でやりたいなって思うようになって、松本でどういうお店があったらこの街にとってのサードプレイスになるかなって考えて、当時、松本には老舗のいい喫茶店や新しいタイプのカフェが出てきてました。
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へー、そうなんですね。
菊地
面白くないと、街の人にとってまたカフェが増えただけになってしまうし、僕自身もワクワクしない。
当時、松本には良い古本屋が何件もあったり、駅前には新しい大型書店や郊外にはスタバが一緒に併設されているTSUTAYAみたいな、新刊が充実しているお店もある状況で。
じゃあ、何が街の人にとって魅力的なサードプレイスになるかを考えて、僕が持っているストックから何を差し出せるか棚卸しをしていくと、学生時代に集めていたリトルプレスがめっちゃ出てきて。
「あ、これめっちゃ好きだったな」、「でも、これ買える場所、松本にないね」って思ったし、「松本の紹介をしているリトルプレスもない」から、リトルプレスとコーヒーを組み合わせたら、どっちも好きなもので商いとして長く続けられると思って、掛け合わせることにしたんですね。
松本に感じたほのかな予感
松本を選んだ理由の一つに、文化的な街とよく言われるんですけど、その香りみたいなやつは僕も感じ取っていて、実際に関心を寄せて移住してきた人たちがいたり、松本で出会った友人の中にも、同じような人が何人かいたので。
今後リトルプレスが根付くのか消えゆくのか、当時は分からなかったけど、松本の雰囲気とかムードとかからすると、このメディアカルチャーが街の中に置かれたときにピンとくる人たちが街には一定数いるだろうなって予感はしたんですよ。
栞日が果たす松本での役割
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移住者が少しずつ増えているという話がありましたが、栞日さんは書店喫茶や宿泊施設の栞日INN、銭湯の菊の湯と活動範囲を広げています。実際に運営してみて「松本のサードプレイスになっている感覚」や、移住を検討している方の反応はいかがですか?
菊地
そうですね、一定の役割を果たしているという手応えと自負はあります。
松本が観光地なので、観光的に訪れるみたいな側面がもう備わってしまっている感覚はあって、ただ「栞日は誰のためのお店なのか」ってなったときに、地域住民と旅行者の両方ためのお店でもあるっていう、5:5のバランスで開店当時から考えてたんですよ。
これまで「旅行者にとっての栞日」の方面でさまざまなメディアに取り上げていただく機会も多くて、旅行者向けに広まったことへの偏りはあるんですけど、一方で、地元の人のなかにも、週に何回も来てくださる常連さんや、月に数回訪ねてきてくれる顔なじみの仲間も多くいるんで、街に根付いているという手応えも実感しています。
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なるほど。
菊地
ただ、コロナ渦のときに旅行者がほとんど来れなくなっちゃったとき、想定以上に外からのお客さんに頼っていたこと、旅行者と居住者の比率が実際には3:7くらいになっちゃっていたことを自覚せざるを得なかったんです。
そこから改めてこの場所を街のサードプレイスとして始めたんだよねっていうことを自分に言い聞かせ直して、今は5:5に戻す作業を始めています。
旅行者を排除するわけではなくて、普段からもっと街の人が集まっていて、旅行者も混じれるような場所を作りたい。
そのために何をすべきか、どんなことをしたいかを模索しているところです。
菊地
憧れと目標の一つである黒磯のCAFE SHOZOさんは、旅好きのオーナーの省三さんが「自分の街には何もない」と感じて、旅人が目的を持って訪れる場所にしたいという思いから始められたんですよね。
僕も旅人としてCAFE SHOZOを訪れて好きになって、SHOZOがあるからその街に行くっていうのを何回もやってきたので、そこが何か僕の中で一つの目標としてあるんですよ。
松本には松本城や有名店もあるので、栞日がなくても来る理由があるけれども、「栞日のために旅行したら結果的に松本にいた」とか「栞日って松本にあったんだね」と思ってもらえるような構図を作りたいと思っています。
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それは私も実際に栞日に来て感じました。
栞日に来てたんだけど、松本の街をまるごと好きになっちゃうみたいな。
反対に、偶然栞日に立ち寄っただけでも、松本の街の印象一つに栞日が残るような気がします。
>>>後編へ続く